ビッグバン直後の超音速ガス流が生んだモンスターブラックホールの種

東京大学と京都大学を中心とする研究グループ(テキサス大学オースティン校天文学科の平野信吾 日本学術振興会海外特別研究員、京都大学理学研究科の細川隆史准教授、東京大学大学院理学系研究科/国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構主任研究員の吉田直紀教授ら)は、「アテルイ」をはじめとするスーパーコンピューターを用いたシミュレーションを行い、ビッグバン後の超音速ガス流から太陽の34,000倍もの重さをもつ巨大ブラックホールが誕生することを明らかにしました。この巨大ブラックホールが成長することで、これまでの観測で見つかった最遠方の宇宙に存在する超大質量ブラックホール(モンスターブラックホール)の起源と成長を説明することができます。

この研究成果はアメリカ科学誌「Science」のオンライン版に2017年9月29日(米国東部夏時間)に公開されます。

*** 英語版ページに論文へのフリーアクセスURLが掲載されています。

雑誌名 Science
論文タイトル Supersonic Gas Streams Enhance the Formation of Massive Black Holes in the Early Universe
邦訳 超音速ガス流による宇宙初期の大質量ブラックホール形成
著者 平野 信吾1,2,*, 細川 隆史2,3,4, 吉田 直紀2,4,5, Rolf Kuiper6
所属 1テキサス大学オースティン校天文学科, 2東京大学大学院理学系研究科物理学専攻, 3京都大学理学研究科 物理学・宇宙物理学専攻, 4東京大学大学院理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター, 5東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構, 6チュービンゲン大学天体宇宙物理研究所
掲載誌 Vol.357, Issue 6358, pp. 1375-1378
DOI 10.1126/science.aai9119
プレプリント arXiv:1709.09863
問い合わせ先 *shirano_AT_astro.as.utexas.edu ( _AT_ –> @ )

研究の背景と動機

近年、遠方の宇宙探査により、宇宙年齢が数億年という早期に存在した超大質量ブラックホールが次々と発見されています。太陽の数十億倍もの超大質量ゆえにモンスターブラックホールと呼ばれますが、そのような早期にどのようにして誕生したのかは天文学上の大きな謎でした。その起源についてはいくつもの仮説が提案され、例えばファーストスターがその一生の最期に遺すブラックホールが成長するという説や、あるいは宇宙初期に巨大ガス雲が一気に収縮して形成されるとする説が有力と考えられてきました。しかしどの説も太陽質量の数十億倍にもなる超大質量ブラックホールの早期形成を自然に説明することはできず、さらにいくつかの物理機構の仮定が必要でした。


超音速ガス流が生み出すモンスターブラックホールの種

本研究グループは、ビッグバン後に残された超音速ガス流に着目しました。宇宙の始まりの頃には、やがて様々な天体を生み出す種となる物質密度の揺らぎとともに、高速のガス流も残されていました。宇宙を満たすダークマターはその重力によって集積することができ、宇宙年齢が1億年のころ、質量が太陽の2,000万倍もある巨大なダークハローを作り出します。この巨大なダークハローはその強い重力により高速のガス流を捕捉できるようになり、すぐに高温高密度で乱流状態にあるガス雲を生み出します。研究チームは、スーパーコンピューターシミュレーションを用いてガスとダークマターの両方の運動を追い、さらには乱流ガス雲から原始星が誕生して急速に成長する様子を再現しました。

図1 – (左図)シミュレーションより得られたブラックホール形成時のダークマター分布(背景)とガス分布(内側下3パネル)。ダークマターが集積した巨大な「ダークハロー」が形成されるが、宇宙初期のガス流速度(図では右方向)が大きな領域では高速のガスを捉えきれず、抜け出てしまう。最終的にブラックホールを生み出すガス雲も乱れた形状を保ちながら収縮する。 [キャプションの無い左図] [動画: 超音速ガス流によるダークマターとガスの密度分布のずれ (17MB)] (右図)原始星の周りのガス密度分布(左図の下段中央パネルの拡大版)。図上を左から右方向へと流れる超音速ガス流によって、全体的なガスの構造は押しつぶされている。内部の構造も一般的なファーストスターが誕生するような球対称構造とは大きく異なる。 [キャプションの無い右図]

太陽の数万倍もの質量をもつ乱流ガス雲の中では、誕生した原始星へ向けて高速のガスが流れ込み続けます。激しいガスの降着は中心星の表面を膨張させるため、表面からは可視光などのエネルギーの低い光が放出されます。このため、流入するガスを加熱して吹き飛ばすという、星の成長の自己抑制機構は働かず、最終的にはガス雲全体が中心星に取り込まれ、巨大なブラックホールへと変貌します。

図2 – 原始星が高密度のガス(白色コントア)を取り込みながら成長する様子。成長中、星の表面が高温になり大量の紫外線を放出すると、流入するガスを加熱する(赤色)。激しいガスの降着によって星はすぐに膨張し、エネルギーの高い光の放出率は下がり、最終的にはガス雲全体が星へと取り込まれ、巨大なブラックホールが誕生する。 [キャプションの無い図] [動画: 原始星と降着ガスの時間進化 (1.5MB)]


最遠方のモンスターブラックホールの起源が明らかに

このように、乱流ガス雲の中で成長し太陽の34,000倍もの質量をもつようになった巨大星は、その一生の最期に同質量の巨大ブラックホールを遺します。その進化の詳細は、研究チームに参加している京都大学理学研究科の細川隆史准教授や東京大学大学院理学系研究科の吉田直紀教授らによって、2016年に既に理論的には示されていました。宇宙初期に誕生した巨大ブラックホールは、更にその後数億年ほどガス降着やブラックホール同士の合体を経て成長し、太陽の10億倍以上もの超大質量ブラックホールへと進化することができます。本研究グループは新たに、ダークハローの形成時期や超音速ガス流の速度分布を理論的に求め、超大質量ブラックホールのもととなる巨大ブラックホールが宇宙に現れる確率を見積もりました。その結果、これまでに発見された超大質量ブラックホールの観測数と一致することがわかりました。

今回、宇宙初期のガスの超音速運動まで厳密に再現した初期宇宙進化のスーパーコンピューターシミュレーションを行うことで、超大質量ブラックホールのもととなる巨大ブラックホール誕生の過程を明らかにし、超大質量ブラックホールの出現をその観測数も含めて説明できることを確かめました。将来の遠方宇宙観測により、さらに初期のブラックホールを発見することで、ブラックホール成長の様子が実際の観測から示されると期待されます。


本研究における数値計算・解析は以下の計算機システムを利用して行われました。
– Cray XC30「アテルイ」(国立天文台 天文シミュレーションプロジェクト)
– COMA(筑波大学計算化学研究センター 学際共同利用プロジェクト)

本研究は以下の援助のもとで実地されたものです。
– 日本学術振興会科学研究費補助金(No. 14J02779, 25800102, 15H00776, 16H05996)
– 科学技術振興機構 CREST JPMHCR1414
– 文部科学省ポスト「京」重点課題9「宇宙の基本法則と進化の解明」
– ドイツ研究振興協会 (DFG) No. KU 2849/3-1


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